特集!心を打つ甲子園の選手宣誓:選抜方法と記憶に残る名言

野球

私は幼い頃から野球が大好きで、高校野球、特に甲子園の開会式での選手宣誓は毎年楽しみの一つです。

選手宣誓はスポーツマンシップを高らかに宣言する重要な時。最近では、心に響くオリジナルの宣誓が話題になっています。

今回は、そんな甲子園での選手宣誓にスポットを当て、選手選定のプロセスや感動的な名言を紹介します。

また、甲子園で宣誓を行い、後にプロ野球選手になった選手たちの話もお届けします。

まずは、選手宣誓を行う選手の選出方法を見ていきましょう。

甲子園の選手宣誓、選出方法の全貌

甲子園大会での開会式において注目を集める「選手宣誓」。清々しい言葉でスポーツマンシップを誓うこの役割は、毎年全国の高校野球ファンの心を打ちます。しかし、誰が、どのようにしてこの大役を務めることになるのか、ご存知でしょうか?

実は、この選手宣誓の選出方法は、春の「選抜高校野球大会(センバツ)」と、夏の「全国高等学校野球選手権大会(夏の甲子園)」で異なる仕組みが採られているのです。以下で、それぞれの選出プロセスについて詳しく見ていきましょう。

春のセンバツ:すべての主将にチャンスがある

春のセンバツでは、選手宣誓を行う主将は「くじ引き」によって選ばれます。対象となるのは、出場するすべての学校の主将たち。大会直前に行われる主将会議などの場で、全校の主将がくじを引き、当たりを引いた選手がその年の「選手宣誓」を務めることになります。

この方式の特徴は、全ての主将に平等にチャンスが与えられている点です。学校の知名度や成績に関わらず、くじ運次第でどの学校の主将にもその年の顔として登壇する可能性があります。意外な学校の主将が務めることもあり、毎年ちょっとした話題になることもあります。

夏の選手権:立候補制+くじ引き

一方、夏の全国高等学校野球選手権大会では、より自主性が尊重される選出方法が採られています。まず、「選手宣誓をしたい」と希望する主将が立候補し、その中からくじ引きで1名が選ばれます。

この仕組みでは、ただ運だけではなく「宣誓を務めたい」という強い意志を持った主将の中から選ばれるため、よりその言葉に重みや真剣さが感じられる傾向があります。また、立候補者が多く集まった年には、各主将の意気込みや人物像が注目され、メディアでも取り上げられることがあります。

選手宣誓は「大会の顔」

選手宣誓は単なる儀式ではなく、その年の大会の幕開けを告げる大切な役割です。短い時間ながら、選手全体を代表しての言葉には大きな責任と注目が集まります。そのため、選出された主将は、宣誓文を何度も練習し、当日に備えると言われています。

近年では、災害や社会問題を背景に、心に残る宣誓を行う主将も多く、感動的な場面が繰り広げられています。

春のセンバツの選出詳細


春のセンバツでは、出場校の主将全員がくじ引きに参加。これは名誉ある任務とされていますが、中にはこの役割を望まない主将もいるでしょう。

個人的には、主将であれば「選ばれませんように」と思いながらくじを引くと思います。しかし、そもそも主将になること自体が一つの挑戦ですよね。

例外的なケースも存在しています。2011年の第83回大会では、東日本大震災の影響で被災地の学校が参加できず、高野連の奥島会長が代わりにくじ引きを行いました。この例はフェアプレー精神の現れだと思います。

では、夏の大会ではどのように選手宣誓者が選ばれるのか見ていきましょう。

夏の甲子園、選手宣誓の選出方法とその変遷

夏の甲子園大会における選手宣誓の選び方は、以前と異なります。現在は立候補した主将の中からくじ引きで選手宣誓者を決定しています。この制度は2001年の第83回大会からスタートしました。では、それ以前はどのような方法で決められていたのでしょうか。

第83回大会以前の選出方法

2000年までの大会では、本抽選の順番を決める予備抽選で1番を引いた主将が選手宣誓を担当していました。その予備抽選の順番は、抽選会場に入場した順に決定されていたそうです。立候補制への変更理由は明確ではありませんが、過去には特別な例外も見られました。

夏大会の選手宣誓における例外事例

特筆すべき例外が2回ありました。1972年の第54回大会と2015年の第97回大会です。

1972年の第54回大会では、沖縄が日本に返還された直後の大会で、沖縄県代表の名護高校の主将が特別に選手宣誓を行いました。

2015年の第97回大会は、第1回大会からちょうど100年目の節目で、第1回大会優勝校の後継である鳥羽高校の主将が特別に指名されました。

なぜ97回が100年目なのか?

1915年の第1回大会から2015年は第101回となるはずですが、実際は第97回です。これは1941年から1945年にかけての戦争による中止と中断が理由です。

これらの事実を知ると、高校野球の長い歴史に思いを馳せます。

そして1984年からは、選手宣誓が主将自身の言葉で行われるようになり、数々の名言が生まれています。

甲子園での選手宣誓後にプロ野球選手となった選手たち

――宣誓台からプロの舞台へ

甲子園の開会式で選手たちを代表して行われる「選手宣誓」。
この晴れの大役を担う主将の中には、その後プロ野球の世界に進んだ選手もいます。
注目を浴びながらマウンド中央に立ち、仲間やライバルたちの想いを背負って発せられる宣誓の言葉。そんな経験は、将来プロとして生きていく覚悟や責任感を育むきっかけにもなっているのかもしれません。

ここでは、実際に甲子園で選手宣誓を務め、その後プロ野球の世界に進んだ選手たちを紹介します。

プロ入りを果たした元・選手宣誓主将一覧

大会 出身高校(都道府県) プロ入り球団
1952年 夏 水戸商業(茨城) 西鉄ライオンズ
1977年 夏 海星高校(長崎) 阪神タイガース
1998年 夏 横浜高校(神奈川) 中日ドラゴンズ
2010年 春 北照高校(北海道) 東京ヤクルトスワローズ
2012年 夏 酒田南高校(山形) 東北楽天ゴールデンイーグルス

大会
出身高校
所属プロ野球チーム

1952年夏
水戸商業(茨城)
西鉄ライオンズ

1977年夏
海星高校(長崎)
阪神タイガース

1998年夏
横浜高校(神奈川)
中日ドラゴンズ

2010年春
北照高校(北海道)
ヤクルトスワローズ

2012年夏
酒田南高校(山形)
東北楽天イーグルス

注目選手:2012年 夏・酒田南高校 主将

2012年の夏、注目を集めた選手宣誓がありました。
当時、東日本大震災から1年半が経過していたこの大会。選手宣誓に選ばれたのは、山形県の酒田南高校主将。彼の宣誓文には、震災で苦しむ人々への追悼と、被災地への力強いエールが込められており、多くの視聴者の胸を打ちました。

「野球ができることに感謝し、被災地の皆さんに勇気と希望を届けられるよう、全力でプレーします」

この宣誓は、多くのメディアでも取り上げられ、「歴代でも特に印象深い宣誓」として語り継がれています。
彼はその後、プロ野球ドラフトで東北楽天ゴールデンイーグルスに指名され、まさに“言葉と行動で人を動かす選手”としてプロの舞台へと歩みを進めました。


選手宣誓が育む「責任感」と「覚悟」

選手宣誓は、単なる形式的な儀式ではありません。数万人の観衆と全国の視聴者の前で言葉を発するという経験は、10代の若者にとって大きなプレッシャーでもあり、同時に大きな誇りでもあります。

プロ野球に進んだこれらの主将たちは、言葉に責任を持つこと、注目を浴びる中で実力を発揮することを高校時代から経験していたと言えるでしょう。彼らにとっての選手宣誓は、プロという厳しい世界への第一歩だったのかもしれません。


今後も期待される「宣誓主将」の進路

近年では、SNSや動画配信などの影響もあり、選手宣誓の内容や人柄がより注目されるようになっています。
今後も、宣誓を通して名を刻んだ主将たちが、プロ野球の世界で活躍する日が来るかもしれません。

彼らが発した「言葉」は、時間が経ってもなお、多くの人の心に残り続けます。

調査のまとめ

この調査で明らかになったのは、甲子園の選手宣誓の選出方法が春と夏で異なる点、およびそれぞれの影響です。

春のセンバツでは全出場校の主将がくじ引きに参加し、夏の大会では立候補した主将の中からくじ引きで選ばれます。個人的に感動したのは、2011年春のセンバツでの創志学園・野山慎介主将の「生かされている命に感謝」という言葉です。

また、甲子園で選手宣誓を行った後にプロ野球選手となったケースは少なくとも5例あります。大会の象徴である選手宣誓を行う選手には、その重要な役割を堂々と果たしてほしいものです。応援しています!