野球の魅力に迫る!その起源、ルール、そして「野球」という名前の秘密について

野球

野球への愛情が深い私めは、夏が来るといつも、甲子園の高校野球を楽しみにしています。ww

幼い頃から野球が大好きで、昔テレビで見た野球の歴史に関する番組が今でも印象に残っています。

ある日、ふと気づいたんです。「小さい頃に野球をしていたけど、その背景は知らなかったな」

MLBでの日本人選手の活躍が当たり前になった今、野球の起源や歴史、特に日本での野球の始まりや名前の由来についてもっと知りたいと思いましたよ。

そこで、今回は野球の起源、その歴史、そして「野球」という名前がどのように生まれたのかをじっくりと調べてみました。是非ご覧いただきたいと思います。

それでは、その始まりから詳しく見ていきましょう。さて、スタートです!

野球の起源を探ってみよう!

野球の起源は意外なところから?

野球の起源にはさまざまな説がありますが、中でも興味深いのは「古代の狩猟道具から発展した」というものです。古代人が狩猟に使った小さな石が、獲物を追うために投げられ、やがてボール遊びの原型となったという説があります。

これらの石は握りやすく投げやすいサイズであったため、狩猟に非常に適しており、獲物を狙う際の精度向上の練習として投げ合ったことから、遊びとして広まった可能性もあります。

また古代エジプトでは、王が球を棒で打ち、その飛び方で豊作を占う儀式があったとも言われています。球を打つ際には特別な儀式用の棒が使用され、球が遠くへ飛べば豊かな収穫が約束されると信じられていました。

このような儀式的な要素が、スポーツとしてのゲーム性を持つようになり、後世のスポーツ文化の一部として定着していったのでしょう。

さらに古代ギリシャやローマにも、似たような球技が存在しました。ギリシャでは、選手が球を手で打ち合うゲームがあり、運動競技として市民に親しまれていました。一方、ローマでは兵士の訓練として球技が利用されており、軍隊の訓練や娯楽として広く普及していました。

このように野球の起源をたどると、さまざまな文化や歴史の中にルーツを見出すことができます。スポーツとしての野球が成立する以前から、人々が日常生活や文化的背景の中で球技に親しんでいたことは間違いありません。

「ラ・シュール」から始まった球技の進化

野球がスポーツとして本格的に成立した起源として、12世紀フランスの「ラ・シュール」がよく挙げられます。

「ラ・シュール」は2つのチームが対抗して、棒や手足を使ってボールを相手のゴールに送り込むというものでした。当初は単なる娯楽として始まったこのゲームは、次第に競技性を増し、地域によってルールが異なるほど多様に発展しました。

やがて「ラ・シュール」はイギリスへ伝わり、そこで「ストリートフットボール」という新たなゲームに変化を遂げます。このゲームでは、動物の内臓などがボールとして使用されるなど、現代では考えられないほど自由なルールでした。

その後、イギリスでは石に糸を巻いて作られたボールを使った「ラウンダーズ」という球技が登場し、これが現在の野球の直接的な祖先とされるようになります。「ラウンダーズ」は、ボールを棒で打ち、得点を競うという現在の野球に近いルール体系を持っていました。

その後、「ラウンダーズ」はアメリカ大陸に伝わり、そこで「タウンボール」という名称のゲームに再び進化を遂げます。タウンボールはアメリカ各地で親しまれ、徐々にルールの統一が進みました。

そして最終的にニューヨークを中心として、1845年に公式の規則が整備され、現在のベースボールという形態が確立したのです。こうした歴史を通じて、野球はさまざまな文化や地域を渡り歩きながら進化を続けてきたのです。

野球ルールのユニークな歴史とは?

料理人が変えた「9回制」の野球

野球はもともと21点先取制だったというのは驚きですよね!実は1857年当時のアメリカでは、試合終了後に両チームが親睦を深めるための食事会を開くことが一般的でした。

しかしこのルールでは、試合の時間がまったく予測できず、料理人たちが非常に困っていたそうです。当時は冷蔵庫も電子レンジも存在せず、料理の準備や提供のタイミングを合わせることは極めて困難でした。

料理人たちは度重なる遅延や突然の試合終了に頭を悩ませ、ある日ついに我慢の限界を迎えました。彼らは試合運営側に強く要望を伝え、試合の終了時間をある程度予測可能にするよう求めたのです。結果として導入されたのが「9回制でした。

つまり、料理人たちが円滑に食事会を運営できるよう配慮してできたのが、現代の野球の9回というルールなのです。こうした歴史の裏側には、実は試合そのものではなく、選手や関係者の交流を大切にする文化があったことが伺えますね。

昔のアウト方法は危険すぎる!?

初期の野球では、現在とはまったく異なるアウトの取り方が存在しました。なんと、走者や打者にボールを直接ぶつけてアウトにするという、非常に危険なルールが採用されていたのです。

まさにドッジボールのような激しさで、ケガが絶えず、選手同士がトラブルになることも頻繁でした。

実際、このルールのもとではボールをぶつけられた選手が激怒し、試合中に喧嘩が勃発することも珍しくなかったそうです。

この危険性とトラブルを防ぐため、競技のルールが改正されました。結果として、ボールをベースに先に送ってアウトにするか、または走者にタッチするという現在の安全で公平なルールへと変更されたのです。これにより、野球は誰もが安心して楽しめるスポーツに生まれ変わったのです。

日本での野球の歴史

日本の野球は「打球おにごっこ」からスタート

日本に初めて野球が伝えられたのは明治4年(1871年)、東京開成学校(現在の東京大学)の英語教師であるホーレス・ウィルソン氏が学生に教えたことが始まりです。

ウィルソン氏は、教育的な意図から野球を学生に教え始めたと言われています。その当時の名称は「打球おにごっこ」で、これはおそらく野球が子どもたちの遊びに似た印象を与えたことが理由と考えられますが、明確な記録は残っていません。

「打球おにごっこ」は、授業の一環として徐々に学校外にも広まりました。当初は珍しい西洋式の遊びとして注目され、各地で学校を中心に競技が行われるようになりました。しかし、当時の日本社会ではまだまだ西洋のスポーツは馴染みが薄く、その普及には時間がかかりました。

明治時代の社会変革や文明開化の影響で、新しいものへの好奇心が高まるにつれて、野球は次第に学生や若者の間で人気を博するようになり、教育現場を中心に広く浸透していきました。

「野球」という名前をつけたのは誰?

「野球」という名前を考案したのは、中馬庚(ちゅうまん かなえ)という人物です。彼は1895年に発行された「一高野球部史」の中で初めて「野球」という言葉を使いました。それ以前は「底球」と呼ばれていましたが、中馬氏はこの表現があまり野球の本質を伝えていないと感じていました。

そこで彼は、英語の「Baseball」を日本語で表現する際に、「底」という言葉ではなく、「野原」という意味を持つ「野」を使うことで、野外の広々としたフィールドで行うスポーツというイメージをより明確にしました。また、「球」という言葉を組み合わせることで、シンプルかつ明確に競技の内容を伝える名前が完成しました。

もしも中馬氏がいなかったら、今私たちが日常的に使っている「野球」という名前は存在せず、プロの試合もまったく違ったイメージの名称で親しまれていたかもしれません。例えば、「プロ底球」という名称だったら、現代人には少し違和感があるかもしれませんね。

さらに興味深いことに、中馬庚は野球を単なるスポーツとしてだけではなく、人間教育や精神鍛錬の一環としても捉えていました。このような教育的視点があったからこそ、彼は競技を広く一般に普及させるために分かりやすい名前が必要だと考えたのかもしれません。野球の歴史を掘り下げると、こうした細やかな工夫や配慮が、現代における野球文化の礎になっていることがよくわかりますね。

まとめ

今回は野球の歴史とその起源について掘り下げてみました。狩猟に使われた石や農作物の豊凶を占う儀式がその起源であり、フランスの「ラ・シュール」がスポーツとしての始まりでした。また、9回制が料理人のクレームから生まれたことや、日本には1871年に野球が伝わり、中馬庚によって「野球」と訳されたことなど、興味深いポイントが多くありました。

これで今回の解説は終わりです。最後までお読みいただき、ありがとうございました。